【WANDS】分断の世に響く、儚く虚しき「ノーサイド」~世界が終るまでは

未来が変わる思考術

「未来が変わる思考術」chよりお伝えする「メンタルエイド」

様々なジャンルの楽曲や笑いのエンターテインメントなどをご紹介しながら、新型コロナウイルス感染拡大のみならず、現世において様々な事共において抱えこんでしまっている悩みや不安に押し潰されそうなあなたの心と向き合い、癒し、笑顔に変えていくといった「メンタルケア特化型」企画です。

毎回1つのテーマを掲げ、あなたの「いつもいつでも側にいて、心を癒し、穏やかな気持ちで過ごせる」ような楽曲をご紹介していく「BRAND-NEW MUSIC DAYS」

「分断の世に響く、儚く虚しきノーサイド」をテーマに

あなたの心に届けたい楽曲は

WANDSの「世界が終るまでは」です。

LIVE総演奏時間 5:28

この曲は1994年に発表された曲です。


印象的な歌詞の一部をご紹介しますね。

世界が終わるまでは 離れる事もない
そう願ってた 幾千の夜と
戻らない時だけが 何故輝いては
やつれ切った 心までも 壊す…
はかなき想い… このTragedy Night

引用元-J-lyrics

分断の世に響く、儚く虚しき「ノーサイド」

~参加する意義があるのは、勝つことより克つこと~

ラグビーの試合において、後半のアディショナルタイムが尽きると場内に鳴り響く笛の音。

「試合終了」を意味する「ノーサイド」の合図です。

この「ノーサイド」という言葉。

日本では先程お話したように「ラグビーの試合終了の合図」という認識が強いようですが、これは主に日本で使用されているだけのことで、実際には「フルタイム」というのが一般的なんだそうです。

意味合い的には「戦いや争いが終わった後で、互いの健闘を称え合い、和解すること」ということなんですが、これを現世に置き換えて、あなたに考えてもらいたいんです。

現世の何に置き換えるのか?

東京オリンピックパラリンピックです。

現状は既に大会は始まっていて、開会式などの式典も執り行われていますが、そのような状況の中であっても「東京でオリンピックを開催します」と明言した日本人は、誰一人としていません。

あるのは「既成事実としてのオリンピック開催」だけです。

菅首相「五輪やめるのは簡単、楽なこと。挑戦するのが役割」(毎日新聞) - Yahoo!ニュース
 菅義偉首相は21日掲載の米紙ウォール・ストリート・ジャーナル日本版のインタビューで、東京オリンピックの開催を中止するよう自身に近い関係者から何度も助言されたと明かし、「やめることは一番簡単なこと、

2日ほど前に菅首相がアメリカの「ウォールストリート・ジャーナル」のインタビューで「止めることは簡単で楽なこと。挑戦するのが政府の役割」と語ったのをみると、「国民の訴えを最後まで聴かないで良かった」「私たちは反対論に勝った」とでも言いたいような印象を受けます。

この言葉の裏にはおそらくではありますが

どうせ国民は、金メダルを取った選手に涙を流して感動し、やっぱりオリンピックをやってよかったと思うだろう。そして開催に踏み切った私たちに感謝して、支持率もうなぎ上りになるから、今度の選挙も安泰♪

と、たかをくくっているのではないでしょうか。

もしこれが「当たらずとも遠からず」であれば、既成事実としてのオリンピック開催は、政府と国民との間において「ノーサイド」とはならないと私は考えます。

ボクシングやプロレスでのタイトルマッチにおいての「時間切れ防衛」のように、何とも後味が悪く、フラストレーションの溜まる一連の言動の前に、「安心安全」との言葉は儚く聞かれ、「ノーサイド」の名の下で虚しく笛の音が鳴り響く…

現状をこの楽曲に喩えた場合、

目の前に広がる社会はまさに、歌詞に出てくる「tragedy(悲劇)」な状況なのではないでしょうか。


以前にお伝えした記事の中で、私はこんなことを言いました。

「大切なのは勝つことではなく、克つこと」と。

今の世の中には「勝ち負けだけにこだわる」人が多くいるように思えます。

政府や企業、オリンピック関係者のいう「勝ち負け」は、表面上は「コロナ禍での戦い」を意味しているように聞こえますが、実際はそうではない。

実際は「自分たちの思い通りになるか、ならないか」のみではないでしょうか。

彼らの多くは「勝ち組であり続けることこそ正義」だと信じて、反対する者はすべて「悪」

データを改ざんして都合の良いように取りまとめ、臭いものには蓋をする。

景気のいい話に饒舌な割には思い通りにならないことにはダンマリを決め込むといった「脳内神経が狂ってしまっている状態」に他ならないと私は考えます。

お金と権力を振りかざしながらもなお私利私欲を貪る輩たちのことを「勝ち組」と呼ぶのは、何も今始まったことではないですが、彼らからすれば自分たちは「勝ち組」なのでしょう。

そして分断された世論の中で、彼らの言動の方を賞賛する人々も「勝ち組」になるのでしょう。

では、その他の人々は、彼らのいう「悪」であり「負け組」なのかといえば、私はそうではないと考えます。

私の見解からいえば「すべての人が勝ち組」なんです。

どうしてか?

人それぞれに勝ち(価値)観が違うからです。

(決して洒落をいっているのではありませんので、勘違いしないでくださいね)

世間でいうところの「負け組」というのは、社会的影響力や経済的な面になどおいて弱い立場の人たちという認識ですが、私からすれば、必ずしもその人たちが「自分が負けている」なんて認識を常に抱いているとは思えません。

「日常の中での本当にささやかな幸せであっても感謝して、大切にする人たちこそ勝ち組」だと私は考えていますから、「心や魂までもを勝ち負けで洗脳されている」ような人たちは、私からすれば「負け組」に値します。

何が言いたいのか。

「何に価値を見出すか」「何を以て勝ちにするか」は

あなたの心次第で何とでもなるんだということです。


「コロナとの戦い」に表されるように、何かと「○○との戦い」といって士気を鼓舞する報道がありますが、今、一番大事なことの中に「戦う」ものは何もありません。

あるとすれば「闘う」の方です。

コロナ禍において、あなたを含めた私たちが「自重しながら感染予防」を続けていくことや、政府や各自治体などが国民や住民に対して社会生活を不安少なく過ごせるような施策を打ち出し続けていくことなどにより、今般の感染症を克服するために全力を尽くす「闘い」

そう考えると、現世において存在するのは「克服か挫折か」でなければいけない。

お互いを1人の人間として敬い、意見を尊重し、思いを分かち合い、目線を合わせて確認し合い、時には激しく議論をしながらゆっくりでも確実に前へと進んでいく。

「戦い」ではなく「闘い」

「勝ち負け」ではなく「克服・挫折」

このことを意識して、しっかりと言動に移していくことが、

本当の意味での「ノーサイド」な状況へと進んでいくものだと私は確信します。

「BRAND-NEW MUSIC DAYS」では、今後も「いつもいつでもあなたの側にいて、こころを癒す」ような楽曲を集め、ご紹介していきますので、どうぞお楽しみに!

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