【安室奈美恵】「歌姫」となり時代を駆け抜けた引っ込み思案の少女

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今回お送りするのは「It’s a SHOWTIME!」になります。

楽曲紹介ではなく、様々なジャンルの(楽器)演奏やダンスなどにおいて素晴らしいパフォーマンスを繰り広げておられる方々などに焦点を当て、その人となりと実際のパフォーマンスをご覧いただきながら、あなたの心を癒していただく内容になっています。

今回は「歌姫となり時代を駆け抜けた引っ込み思案の少女」として

安室奈美恵さんをご紹介します。

彼女のプロフィール概要を見ながら、そのルーツや人となりに迫っていきます。


安室 奈美恵(あむろ なみえ、1977年(昭和52年)9月20日生まれ)は、日本の元歌手元ダンサー。

本名同じ。身長は158cm、血液型はO型。沖縄県那覇市首里出身。

引用元-Wikipedia

沖縄県那覇市首里に3人兄妹の末っ子として生まれる。

両親は安室が4歳の頃に離婚し、以降は母子家庭で育つ。

引用元-Wikipedia

幼い頃に悲しい出来事に見舞われたことがあってか、あまり自分から思いを伝えることが苦手のようであり、人見知りも激しかったようです…

地味で目立たない存在だった彼女ですが、この後ある1つの転機が訪れます。

続きを見ていきましょう。

小学5年生の頃、友達の付き添いでタレント養成所「沖縄アクターズスクール」へレッスンを見学に行った際、同校の校長にスカウトされるが、家庭の事情から月謝が払えないとの理由で一度は入校を断念するものの、校長に見込まれて異例の特待生として入校する。

入校時は人見知りが激しく引っ込み思案であったが、小学6年生の頃に地方局の番組のカラオケ大会に出場し、優勝したことで周囲を驚かせた。

番組では「将来は歌手になりたい」と語り、当初は女優志望で芝居の稽古などもしていたが、スクール内で観たジャネット・ジャクソンの楽曲「Rhythm Nation」のMVに衝撃を受けて以来、歌とダンスに没頭するようになっていった。

引用元-Wikipedia

小学生時代は、片道約1時間半の距離を徒歩で週3日通う生活を送っていたとのこと。

歌とダンス。自分の夢を必ず実現させるといった強い信念を感じさせますよね。

中学2年生の時にアクターズ内から選抜されたダンスパフォーマンスグループ“SUPER MONKEY’S”の結成メンバーに選出される。

引用元-Wikipedia

翌年、デビューが決まり上京する際、お母さんと感情の衝突があったようですが「私は絶対成功するから」との言葉を残して、沖縄を後にした安室さん。

まさに時代は「平成」。

平成の歌姫の始まりがここにあったことは言うまでもありません。

1992年9月東芝EMI現・ユニバーサルミュージックLLC)より

「恋のキュート・ビート/ミスターU・S・A」でメジャーデビューし、センターボーカルに起用される。

関西の朝のローカル番組にも出演して歌を披露していた記憶がありますので、当時の様子はよく覚えています。

キレのあるダンスと、伸びのある歌声。

歌声にはまだあどけなさが残っていたけれど、そのあどけなさがキレのあるダンスと絶妙なバランスを取っていて、視聴していて気分が高揚してくるのがよく分かりました。

率直に「頑張ってほしいなぁ…」と、当時大学生だった私は思っていたんですが、その後、何曲かリリースされてもあまり売れなかったようで、気がつけば朝の子ども番組のキャラクターとして出演されたりしていた記憶もあり、なかなか思うようにいかない苦労もあったようです。

1994年4月よりCX系列の『ポンキッキーズ』にて、鈴木蘭々さんとのユニット“シスターラビッツ”としてレギュラー出演開始(〜1996年まで)

引用元-Wikipedia

先程お伝えしたのが、これなんですね。

同7月にシングル「PARADISE TRAIN」をリリース(オリコン最高位137位)、同時にグループ名を安室奈美恵 with SUPER MONKEY’Sへと改名。

同時期にライジングの平哲夫からavex traxのMAX松浦さんを紹介され、次のシングルでのプロデュースが決まる。

1995年1月、ユーロビートのカバー曲「TRY ME 〜私を信じて〜」をシングルリリース。

オリコン初動は49位と振るわなかったが、有線を中心に上昇し、ディスコ等でのユーロブームも重なり累計売上73万枚の大ヒットとなった(オリコン最高位8位

同月、ユーロビートカバーの「太陽のSEASON」安室奈美恵単独名義でリリース(オリコン最高位5位)、これが事実上のソロデビュー作となる。

引用元-Wikipedia

ちなみに、SUPER MONKEY’Sの方は、後に「MAX」として活動を開始します。

この頃、松浦の仕事のパートナーであった小室哲哉さんと出会う。

8月26日に行われた『avex dance Matrix ’95 TK DANCE CAMP』の東京公演で、当時未完成の「Body Feels EXIT」を初披露している。

引用元-Wikipedia

ここから「小室ファミリー」として活動を始めていくんですね。

当時は「小室ミュージック全盛期」でしたから、ある意味「時流に乗った」印象がありました。

1997年2月、ドラマ主題歌として発表された「CAN YOU CELEBRATE?」「ダブルミリオン(売り上げ枚数200万枚)」を突破し、オリコン年間シングルチャート首位を獲得。同時に、女性ソロアーティスト歴代1位のシングル売上を記録した。

なお、この記録は2021年現在も破られていない。

引用元-Wikipedia
Short Vasion  総再生時間 1:00

累計売上枚数:約230万枚 

後にリリースされたVasionを合わせると、約275万枚に達する大ヒット。

人見知りが激しく、モジモジしていた少女が。

「私は必ず成功するから」

そんな強い信念を抱いて飛び立っていった少女が、夢をカタチにした瞬間でもありますよね。

しかしながらこの後、彼女の身に天国と地獄が待っていました…

どんなことなのか。

続きを一緒に見ていきましょう。

1997年10月TRFのダンサー・SAMさんとの結婚を発表、妊娠3ヶ月であることも明らかにした。同年年末の紅白歌合戦出場を最後に1年間の活動休止翌年5月に長男を出産

1999年3月17日実母が義弟に殺害される事件発生。

2002年7月、SAMさんとの離婚を発表。

引用元-Wikipedia

人気絶頂期だっただけに、この結婚と妊娠発表は驚きましたね。

幸せいっぱいの笑顔が印象的でした。

そして「事件」の方ですが、当時の様子については、様々な憶測などがあって一概には言えない部分はありますが、彼女にとって精神的にかなり追い込まれた時期でもあったようです…

2001年3月からは小室哲哉さんのプロデュースから離れ、以降は日本のみならず台湾や香港、韓国、シンガポール、タイなどにも活動の場を拡げ、世界的にも注目を集める女性アーティストとなっていきますが…

40歳の誕生日を迎えた2017年9月20日、公式サイトにアップしたメッセージにて、芸能界を引退することを発表し、2018年9月16日をもって引退した。

引用元-Wikipedia

平成の天皇陛下が生前退位をなさる日が「2019年4月30日」に決定したと発表されたのは、2017年12月1日のこと。安室さんが引退を発表してから3ヶ月後の出来事でした。

このことを考えると安室さんは、まさに「平成の音楽をリードし、歌姫としてその先頭に立って時代を駆け抜けていった」のではないでしょうか。

あれから3年…

時代は令和になりましたが、今なお伝説は続いていると思いたいのはあります。

しかしながら「強い信念を持った彼女」ですから、自らの決意を曲げるようなことはしないでしょう。

彼女の抱く新たな夢に向かって、笑顔が溢れる日々を送ってもらいたい。

皆さんも、そう思われているのではないでしょうか。


今回の「IT‘s a SHOWTIME!」は、安室奈美恵さんの素晴らしい楽曲の数々を厳選してお聴きいただきながら、あなたの心を癒していただきます。

総再生時間 4:43
総再生時間 3:39
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総再生時間 8:09

「It’s a SHOWTIME!」では、今後も楽器演奏やダンスなどにおいて素晴らしいパフォーマンスを繰り広げる方々などをご紹介していきますので、どうぞお楽しみに!

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