第5話:降りしきる雨の中で…
施設実習の打ち上げ会を、神戸で楽しんだ祐二と智子。
帰りの車中、神戸でのことなどを話しながら、あっという間に大阪を過ぎ、奈良県内へと進む。
智子との会話の最中も、車を走らせている時も、祐二はずっと「伝えたい想い」を抱えていた。
このまま帰ってしまったら… ずっとこの想いは伝えられないままになってしまうかもしれない…
信号待ちになった時、意を決して、祐二は智子に話し始めた。
あの…
まだ時間、いいかなぁ…
うん
話したいことがあるんだ。
ちょっと寄り道するけど…
私も…
話したいことがあるの…
車は、祐二たちの施設の近くにある公園へ。
車を降りて、2人は藤棚のある休憩所へ腰掛けた。
夕立が降った後のようで、風が心地よく吹いていた。
しばしの沈黙の後…
話したいことって、何かなぁ
武田くんの方からでいいよ
気になるんだよ…
どうぞ、お先に
……
実は私…
武田くんに黙っていたことがあるの
黙っていたこと?
……
実習の最終日に『目が赤い』って
言われた時にはドキッとしたの…
実は…
実習が終わった直後に、私の携帯に電話があったの
電話…?
誰から?
武田くんと知り合う前から
お付き合いしている彼からだった。
『会いたい』っていわれて…
……それで?
なんとか平静を保った。
どうしようか悩んだ…
武田くんと知り合ってなかったら
迷わず会いに行っていた…
俺があの時「おまじない」をしなければ…
違う!
違うの…
武田くんのおなじないがなかったら
私、頑張れなかった…
でも、彼の存在も
大きかったんじゃないの?
彼とはもう…
……別れたの…
どうして⁈
今まで君を
支えてくれていたんじゃ…
確かにそう…
『どんな時も、いつも側にいるから』って
言ってくれていた
だったら…
でも、私の一番大事な時に
彼はいなかった。
どれだけ『いてほしい』と願っても
いてくれなかった!……
………
蔭山駅まで送ってって言ったのは
彼にきちんと別れを伝えに行くためだったの。
……彼は、何て言ったの?
『大事な時にいてあげられなくてごめん。
今、智子のことを支えてくれている人を
大切にしてね』
って……
そうだったのか…
あの時の涙、つらそうな笑顔は……このことだったのか…
私にはもう何もない…
火事で思い出も失くしてしまった…
本当にもう…何もかも……
あるじゃないか!
えっ……
あるじゃないか!
君にとって今、何が一番大切なものかを
考えたら、ちゃんとあるじゃないか‼
?………
笑顔だよ!
俺にいつも見せてくれる
笑顔だよ‼
笑顔……
今、すべてを失くしたって言ったよね。
失くしたものは確かに大きいかもしれない。
でも、失くしたものを少しでも
取り戻せるなら取り戻そうよ。
俺と一緒に
…武田くん…と?…
今度は、俺が話したいことを言うよ
祐二はそう言うと藤棚を飛び出し、公園の真ん中辺りまで歩いて智子の方へ向き直り、
両手を大きく広げた。
雨がまた降り始めていたが、祐二には全く気にならなかった。
突然の祐二の行動に戸惑いを隠せない様子の智子… 祐二は叫んだ。
俺は頭も良くないし、力もある方じゃない。
でも、君に…
智子に笑顔でいてもらうことだけはできる。
どんなにつらいことや苦しいことで、智子が
笑顔を失くしたとしても、俺のすべてを賭けてでも
智子の笑顔を取り戻す!
笑顔があれば何も要らない! だから…
その身一つで、俺に飛び込んでおいで‼
雨が土砂降りになっていたが、そんなことは祐二には関係なかった。
大好きだ!
大好きなんだ‼
智子のこと、愛してるんだーーー‼
ありがとう…
嬉しい…
武田くん……
私………!
次の瞬間、降りしきる雨の中に、泣きながら抱き合うふたりの姿があった。
それは、苦しみ続けた2つの心が1つになった瞬間でもあった…
(次回へつづく)
※一部の画像は引用させていただいています。
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