第1話:「はじまりは、缶コーヒー」
平成9年10月。
開設まであと1ヶ月となった新設の介護老人保健施設「なごやか」に従事することになった武田祐二は、9月より行われていた「外部研修」を終え、8月末の「新施設内での職員顔合わせ」以来、久しぶりとなる出勤に心を躍らせていた。
「今日は、いわば『初出勤』。1番に出勤して、みんなを驚かせてやろう。」
そう思った祐二は、出勤時間9時のところを、1時間早く出勤するべく、車を走らせていた。
朝8時すぎに施設に到着。
「さすがにこの時間には事務長さんや婦長さんたちも出勤していないだろう」と「勝者」気分満開。
施設の勝手口より、真新しいロッカーが並ぶ更衣室でジャージに着替えて集合場所である「事務室」へと急ぐ。
更衣室の廊下を左へ曲がると、すでに「事務室」には人影が。
「ありゃ⁈やっぱり事務長さん、もう来てたんだぁ。大阪からだから、きっと早く出て来られたん
だろうな」
仕方ないか…と思って、事務室へ。
部屋に入ると、そこにいたのは「事務長」でも「婦長」でも「相談員」でもなく、ジャージ姿で小柄、
ポニーテールがよく似合う、メガネを掛けた女性がひとり。
寺西智子。 「顔合わせ」の時には、あまり印象がなかったけど…
おはよう!
ああ…おはよう
2番だよ!
早いねぇ。俺、絶対1番乗りだと思ってたのに…
フフッ。残念でしたァ~
何時に来たの?
7時50分…だったかなぁ
7時50分⁈そうかぁ…あと10分早ければ…
私も今日、絶対1番に来ようって思ってたんだ~♪
何処から来てるの?
高階(たかしな)町だよ
高階町からなら此処まで車で30分はかかるよ。早起きしたんだぁ
あなたは?
俺は七岡から。車でだったら15分ぐらいでここには来られるよ
まぁ。今日からよろしくね
こちらこそよろしく!
ひとしきり挨拶を終えた後、ふと祐二の目に留まったものが。
あれ?手に持ってるもの、何?
これ?缶コーヒーだけど
自販機って、施設にあったっけ?
フロアのところで買ったの。更衣室を出て右に曲がったらあるよ
へぇ~‼知らなかった
コーヒーいる?
じゃあ、買ってくるよ
一緒に飲も‼
急いで缶コーヒーを買い、事務室で二人で飲んでいると、相談員の野村さんが到着。
オッス!いやぁ君たち、もう来てるの?
おはようございます。でも、1番は彼女ですよ
おはようございます。1番GETしました‼
まだ開設まで日があるから、あまり気を張らなくれもいいよ
は~い‼
は~い‼
この日以降、施設開設までの間、祐二はずっと「8時出勤」を続けたが、いつも智子の方が先に施設に出勤していた。
えぇーーー‼また今日も2番?
へへへ~っ。残念でした!
いたずらっぽく笑う智子を見ながら、彼女との「出勤競争」をいつも楽しみにしている自分がいることを、祐二はこの時まだ気づかないでいた…
(次回へつづく)
※施設の画像はあくまでもイメージであり、ドラマの内容に関するものではありません。
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