【オードリー】ラリーのようなツッコミ漫才は1つの気づきから誕生!

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様々なジャンルの楽曲や笑いのエンターテインメントなどをご紹介しながら新型コロナウイルス感染拡大のみならず、現世において様々な事共において抱えこんでしまっている悩みや不安に押し潰されそうなあなたの心と向き合い、癒し、笑顔に変えていくといった「メンタルケア特化型」企画です。

今回お送りするのは「笑いのエンターテイメント!」

若手・ベテランを問わず漫才、落語、漫談、コントなどのパフォーマンスで私たちを楽しませてくれる方々をご紹介。その人となりと実際の話芸などをご覧いただきながら、大いに笑っていただき、あなたの心と身体をリフレッシュさせる内容になっています。

「笑いは健康のバロメーター」ともいわれていますので、周りの目を気にすることなく、おもいっきり楽しんでください。

今回は「ラリーのようなツッコミ漫才は1つの気づきから誕生!」として 

現在メディアで大活躍のオードリーをご紹介します。

(C)oricon inc.

彼らのプロフィール概要を見ながら人となりに迫っていきます。

オードリー

若林 正恭(わかばやし まさやす、1978年年9月20日生まれ)

春日 俊彰(かすが としあき、1979年2月9日生まれ)からなる

日本の男性お笑いコンビ。2000年4月にコンビ結成。

引用元-Wikipedia

中学2年生の時にクラスメイトになり、若林の前の席が春日だったことから仲が良くなる。1994年に高校に進学し再びクラスメイトになる。

学生当時とは2人のキャラクターが違っていて、春日は勉強が出来て、おとなしくて真面目である一方、若林の方がやんちゃなグループに入っていたと当時の同級生は語る。

共に高等部から入部が許可されるアメリカンフットボール部に入部した。

引用元-Wikipedia

学生時代から仲が良かったんですね。春日さんはともかくとして、若林さんにアメフトの印象はありませんでした…

お笑いへのルーツは、どうだったんでしょうかね?

続きを一緒に見ていきましょう。

若林は、小学生時代に見たビートたけしとんねるずのような大人に憧れ芸人を志し、高校生の時にアメリカンフットボールで関東代表に選ばれていた春日を見て「春日がいい」と思い、高校3年生の時から誘うようになり、別々の大学に進学した後もそれは続いた。

春日は元々テレビ業界志望でプロデューサーを志していたが、若林に誘われて芸人としての道を歩みだす。

引用元-Wikipedia

ここだけを見ると「この人しかいない!」という強い思いから誘い続けたように感じますが、そういう訳ではなく、候補に挙げた11人中8番目だったというエピソードがあるようですね…

しかしながら、8という数字は「末広がり」とも言われますから、ある意味この選択と順番は正しかったとも考えられますよね。

続きを一緒に見ていきましょう。

2000年4月、現在の事務所に所属後、主催のライブに「若林春日」で参加しようとするものの「コンビ名がないと参加できない」と言われ、春日がその場で思いついたナイスミドルというコンビ名でのデビューを余儀なくされる。

引用元-Wikipedia

初めから「オードリー」ではなかったんですね!

「ナイスミドル」というのは、その場で思いついた名前にしては結構インパクトのあるコンビ名だと思いますが、率直に言って「本当に思いつき」といった感じが否めないですよね…

当初は爆笑問題のようなスタイルの漫才を目指し、若林がボケで春日がツッコミだった。

金髪にしてみたり、時事ネタをしてみたり、ショートアメフトネタをやるなど、かなりの試行錯誤もしているが、しばらくは伸び悩む時期が続き、同期の中でも特に落ちこぼれてしまった。若林は解散や芸人を辞めることを何度も考えたという。

引用元-Wikipedia

ボケとツッコミが逆だったというのは、今考えるとビックリしますが、当時からすればおそらく学生時代のイメージからだったのかもしれませんね。

2005年4月、コンビ名を「オードリー」に改名。由来は「華が無い二人なので、華のあるオードリー・ヘプバーンから採った」との事務所社長談。

売れていない頃は、単独ライブを行える会場もなかったため、春日の自宅に客を呼んでライブをしていた。

引用元-Wikipedia

「うにいくら」「チーズワイン」「兼定」なども候補にあったようですが、改名の話を寿司屋でしていたことや、刀の名前(兼定)から浮かんだなどのようで、今考えると「オードリーでよかった…」ですよね。

環境がなかったのは仕方ないとしても「自宅でライブをする」というのもすごいですよね。

春日は「自分では出来ているつもりだった」がツッコミ間違いが多く、何度やっても上手くいかない。

結成6年目の頃、『エンタの神様』の若手オーディションにおいて、彼らのネタを見た構成作家に「どう見ても春日はツッコミとしてポンコツでまったく伸び代がない」と指摘された。

それを受けて、若林が自分たちのトークライブのビデオを見直した時「春日が変なところでツッコんでくるのを『おいそのツッコミ違うだろ』とツッコミ返す部分がお客さんの反応がいい』ということに気付き「じゃあそれをそのまま漫才に」という発想に辿り着く。

こうして、2006年頃に「春日の間の悪いツッコミに対して、若林が逆にツッコミを返す」という現在のスタイルができあがっていった(今の春日の髪型と衣装もこの頃に完成した)。

引用元-Wikipedia

こんなことがあって、今のスタイルが出来上がったんですね。

しかしながら、当時としては「画期的すぎる」こともあって、なかなかこのスタイルを受け入れてもらえない日々が続いたようです…

その後、どうなっていくのでしょうか?

続きを一緒に見ていきましょう。

2006年5月に藤岡弘、と中尾彬のものまねでテレビ出演。同年10月、初の単独ライブとなる「シャンプーおじさん」を行う。またこの頃から、春日がテレビ番組の潜水競技企画をきっかけに、K-1参戦など体力ものの企画に単独で出演して知名度を上げ始める。

引用元-Wikipedia

春日さんの見た目のインパクトなどもあって注目を浴び始め

新しいスタイルの漫才も徐々に浸透し始めた結果…

2008年元日「ぐるナイ番外 おもしろ荘へいらっしゃい!」で地上波の放送で初めて念願の漫才ネタを披露し、以降常連化。

2008年12月21日、M-1グランプリ2008敗者復活戦から決勝進出を果たし、決勝ファーストラウンドを1位通過し、総合2位

2009年1月1日、フジテレビ『新春お笑い大賞2009!!』でニューウェーブ大賞 1位

2009年11月12日、春日の代表的なギャグの1つ「トゥース!」が新語・流行語大賞にノミネートされ、流行語大賞候補になる。

2010年「タレント番組出演本数ランキング」では、コンビで507本の番組に出演し1位を獲得した。

引用元-Wikipedia

めざましい活躍ぶりですよね!

2010年代の中ごろから徐々にネタを披露することや2人でのテレビ出演も減り、それぞれのキャラクターを活かした活動をされていますが、それでも人気は衰えず、テレビ露出も頻繁で「見ない日はない」くらいですね。

今回の「笑いのエンターテインメント!」は、オードリーの爆笑パフォーマンスの中から代表的な漫才「クセがすごい」、「おぬし」、「夜寝れん」の計3作品をご覧いただきます。

すべてをご覧いただくと12~13分程になりますが、あなたのほんのひと時を「メンタルエイド」に委ねていただき、あなたの心を癒していただきたいと考えます。

「実家の思い出」総再生時間 5:45

「披露宴のスピーチ」総再生時間 3:54

「マナー」総再生時間 2:44

「笑いのエンターテインメント!」では、「笑いは健康のバロメーター」をメインテーマに今後も抱腹絶倒の爆笑パフォーマンスを繰り広げる方々をご紹介していきますので、どうぞお楽しみに!

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