【日航機墜落事故】タブーを解き放ち、事実を視る目を持つ重要性~520人の犠牲者の想いを無にしないために~※最新情報随時更新

ターニングポイント~人間模様~

今回の「ターニングポイント」は、当初の予定を変更してお送りします。

題して

【日航機墜落事故】タブーを解き放ち、事実を視る目を持つ重要性

~520人の犠牲者の想いを無にしないために~

まずは事故発生時、筆者が事故をどのように捉えていたのかの回想場面からご覧ください。


回想~あの日、何があったのか~

1985年8月12日、月曜日。

当時私は高校1年生。夏休みの宿題そっちのけでアイスを食べながらお気に入りのバラエティ番組を観ていました。

19時30分を過ぎて、番組の司会者が挨拶をしている最中、一本の臨時ニュースが流れて…

それが「羽田発大阪行きのJAL123便が消息を絶つ」というような内容でした。


この一報の時、123便が山の尾根に墜落して炎上。

500人以上の人が亡くなっていると誰が予想したでしょう。


初めは数分程度のスポットニュースであったが、次第に事が重大であることが判明しだすと、緊急報道特別番組へと変わり、緊迫した様子がテレビに映し出されていきました。

  • 123便がジャンボ機であり、乗客乗員合わせて500人以上が乗っていたこと
  • 18時56分に群馬県と長野県の付近でレーダーから機影が消失したこと
  • 長野県の山の地震計に異常な揺れの反応があったこと
  • 付近で山火事が発生していること    などを伝えていたのを憶えています。

情報が少なく、何度も同じ内容を連呼しているアナウンサー。

当時の私は「夜なのではっきりとした状況が分からないため、様々な情報が錯綜しているのであろう」と思っていました。

何度も123便の搭乗者名簿が映し出される中、私でも知っている有名人の名前まで含まれており、状況を知りたくて、徹夜して食い入るようにテレビを観ていた記憶があります。


明け方頃に墜落した場所が特定されたという情報があり、一夜明け、墜落現場上空からの映像を見た瞬間、私に戦慄が走りました。

引用元-https://www.jiji.com/news/handmade/topic/d4_disaster/jal123-000_SAPA970102093630.jpg

飛行機の原形を留めているものがほとんどなく、様々な機体の部品が墜落の衝撃等によりあちこちに散在している状態であり、周辺は焼け焦げて「観るに絶えない現状」がそこにはあったからです。

引用元-https://www.jiji.com/news/handmade/topic/d4_disaster/jal123-jlp10402814.jpg

みんな死んでしまった… 有名人の人もみんな…

そう思った瞬間、止めどなく涙が溢れ、同時に激しい嘔気に見舞われました。


母に胃薬や吐気止めをもらい、身体を横にはするものの眠れない…

なんとか嘔気も治まり、ニュースを観続けていると「生存者がいる」と言う情報が!

引用元-https://www.jiji.com/news/handmade/topic/d4_disaster/jal123-jlp01305315.jpg

こんな状況で生きている人がいる。

生存者は7人(以降、4人に訂正されました)

いずれも女性で、親子が含まれているとのこと。

この時ほど「人間の生命力ってすごいものだ」と感じたことはありませんでした。


タブーを解き放ち、事実を視る目を持つ重要性~520人の犠牲者の想いを無にしないために~

先程の章でお伝えしたのが、JAL123便墜落報道時のリアルタイムな私の状況です。

当時はショックが大き過ぎて、それから3日間は思うように物が食べられなくなり、食べては戻すを繰り返していたんですが、1週間ほどでようやく少しずつ食欲も出始め、普段通りの生活に戻れました。

圧力隔壁がどうしたとか、垂直尾翼が吹っ飛んでとか、詳しく状況が報道されていく中で、何気に引っかかったことがあったんですが、慌ただしく過ごす中で次第に記憶は薄れていきました。

近年になりYouTubeなどの動画配信により、多くのチャンネルから様々なコンテンツが観られるようになる中で、私の目に留まったものがコチラです。

配信されている方は、ワタナベケンタロウさんと仰る方。

Twitter:@Kentarow1031

この方についてのプロフィール概要です。

福岡県出身の男性YouTuber。

建築業、リフォーム業、内装業、航空貨物、トラック運転手、酒屋、ユニットバス取り付け業、金融業、輸入業等を経た後、かねてから交流のあった姉妹のすすめにより、YouTubeの動画配信を始めたとのこと。

引用元-EverybodyWiki

様々な事件の検証動画を配信する中で、青山透子さんの著書「日航123便墜落の新事実」(河出書房出版)を読んだことをきっかけとして、その内容に基づき、日航機事故においても検証動画配信を行うようになったようです。(本に関する詳細はリンクを貼り付けておきますので、興味のある方はどうぞ)


この方の動画にある「日航機墜落事故の新事実」をいくつか観た時、私の記憶の中で「引っかかっていた部分」を思い出したんです。

それは私が小学生の頃。

幼い頃から自動車が好きだった私は、家の前を通り過ぎる車を見て「あれはブルーバード」「これはカローラ」「あっちの車は…スカイライン」といった感じですべて言い当て、一緒に車を眺めていた祖父を驚かせたほどでした。

その興味は車の中にまで及び、車はどうして走るのかや車についている部品の名前などを調べたりして「ゆくゆくは自動車整備士か?」と父に言われていたんです(実際は自動車販売会社から介護福祉業界での主任ケアマネになったんですが)

調べていく中で「車はガソリンもしくは軽油で走る」ことを知り、興味はさらに「乗り物全般」に。

あれこれ調べていく中で見た記憶が、事故当初に感じた「引っかかり」であったことに気づいたんです。

それは「飛行機はジェット燃料で動く」ということであり、「ジェット燃料とは灯油に近い燃料」という文言でした。

検証動画を観てみると「現場周辺にはガソリンやタールが混ざったような臭いがしていた」との証言があり、その部分に引っかかりがあったんです。

飛行機にはガソリンは使わない。

それを憶えていたのは「だって揮発性の極めて高いガソリンなんか燃料にしていたら、万が一何かに引火したりしたら大爆発するじゃないか」と、当時父が私に話していたから。

このことをきっかけとして、彼の配信する「日航機墜落事故の新事実」にかなりの信憑性を感じるようになりました。

事故から36年が経過する今、これは本当に事故だったのか?改めて問い直し、真実を明らかにすることが、520人の犠牲者の想いを無にすることなく、本当の意味での供養になるのではないでしょうか。

本件に限らず、これまでにも様々な不可解事故や事件が多く存在していますよね。

マスコミが報道する内容のみを鵜呑みにするのではなくその本質に視点を置き、何事においても多角的な視野を持つことで、ひいては人として一番大切なものを持ち続けていくことができるようになるのではないでしょうか。

関連記事と動画をまとめておきます。興味のある方はぜひこちらもご覧ください。

「娘への思いは変わらない」今年も、御巣鷹の尾根へ…慰霊登山を続ける遺族の思い 日航機墜落事故から36年(FNNプライムオンライン) - Yahoo!ニュース
1985年8月12日の日航ジャンボ機墜落事故から今年で36年。  遺族や関係者にとって36回目の夏となったが、その思いは様々だった。 
御巣鷹墜落事故で救出、今は3児の母に 川上慶子さんの伯父が振り返る35年 | 毎日新聞
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《日航機墜落事故から36年》当時、松田聖子が生存者の12歳少女に送った肉声テープの中身 | 週刊女性PRIME
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520名が犠牲になった33年前の日航機墜落に新証言。地元民たちが目撃した光景とは!? | ダ・ヴィンチニュース
「人は二度死ぬんだよ。一度目は肉体の死。(中略)そして誰ひとりとして自分のことを覚えていなくなったら、二度目の死を迎えて、人は死ぬんだよ」──こう語…

※最新動画です

※注目すべき過去動画集

日航機墜落事故㉛ 配信の中で語られていた「手記」については、コチラのリンクからどうぞ。

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