今回の【実録】介護の本質chからお伝えするのは
心に残る介護エピソード~握り返した手のひら~
現役介護福祉士であり、主任ケアマネでもある筆者が
過去25年間で携わった介護、福祉、マネジメントなどの中から
特に「心に残るエピソード」を体験談としてお伝えする内容です。
今回のエピソードは、平成20年春。
筆者がケアマネとして仕事をする中
市町村から依頼を受けた「介護保険要介護認定調査」でのエピソードになります。
ある意味「ヒューマニズム」や「奇跡」を感じさせるものですので、ぜひともご覧いただき、このことをきっかけとして、命について考えていただけると幸いです。
それではお伝えしていきますね。
第1章:調査依頼とは「縁をつなぐもの」
平成20年春。
担当高齢者のモニタリングから事業所に戻った私のデスクの上に
1枚のクリアファイルが。
手に取ってみると、市町村から委託された認定調査の依頼書でした。
依頼書の内容を確認すると、対象者はIさんという69歳の男性。
脳梗塞を患い、現在病院に入院中であるとのことで
前回の調査内容を確認すると、そのほとんどが「全介助」と記されていました…
意思疎通に関しても「できない」の欄にチェックが入っているので、調査の際に同席してくださるという家族が「キーパーソン」ということになりますが、たとえご本人に意思疎通ができなくても「縁」を感じる私。
市町村がランダムに調査対象者を選び、依頼をかけてくるということが分かっているにしても「調査依頼というのは、対象者との縁をつなぐもの」というのが私の考えなので、この段階で私の思いは「どんな人なのだろう?」で埋め尽くされていました。
まずはアポイントを取らなければならないため
調査の件を家族様と病院に連絡し、当日の朝を迎えました。
第2章:調査当日!Iさんの現状を憂う家族の想い
約束の時間よりも早めに病院に着いた私。
車を停め、総合受付へと向かい、事務員さんに声をかけました。
しょうらく:「こんにちは。認定調査員のしょうらくと申します。こちらにご入院なさっておられるIさんの調査に伺いました」
事務員 :「しょうらく様ですね。調査の件は伺っております。家族様はすでに来られていますが、できれば調査の前にナースステーションにお声掛けをお願いします」
しょうらく:「かしこまりました。ところで、Iさんの病室は…」
事務員 :「2階の10号室です」
事務員さんに御礼を伝え、エレベーターで2階へ。
ナースステーションの看護師さんに声をかけ
10号室までやって来ると
入口のところで、調査対象者Iさんのご家族が待っておられました。
しょうらく:「どうも初めまして。認定調査員のしょうらくと申します」
Mさん :「今日はどうもありがとうございます。私は娘のMといいます」
しょうらく:「Mさんですね。よろしくお願いします。ご本人の調査に入る前に、私に伝えておきたいことはございますか?」
私の促しに応えるように、Mさんはゆっくりと話し始めました。
Mさん :「父は昨年の秋にヨーグルトを食べていて突然吐き気に襲われたんです。父を見たら、もう顔面蒼白で全く声も出せず、座ったままで動けなくなっていました…
すぐに救急車で病院へ行き、検査をしてもらうと、脳内にたくさんの梗塞を起こしていたらしく、しかもその内の1つが、視神経や言語、運動を司る一番重要な部分に出来てしまっているために、それ以降自分で動くことも話すことも、食事を摂ることもできなくなって…
毎日私や母が病院に来て、声をかけたり手を握ったりするんですけど、父はずっと目を見開いたまま、全く反応がなく、先生からも『諦めた方がいいかもしれない』っていわれて…」
しょうらく:「そうなんですか…では、ご本人にはご挨拶と関節などの拘縮の様子を視させていただいた後、Mさんと看護師さんからのお話を伺うことにしますね」
そういって、私はMさんとともに病室に入りました。
第3章:家族の想いが届いた「奇跡」。握り返した手のひら
部屋は個室になっていて、血圧や脈拍などを測る装置や点滴をかけるスタンドなどが脇に並ぶ中、ベッドに横たわっているIさんが、静かに呼吸をされていました。
Mさん :「お父さん、調査の方が来られたわよ」
Mさんが話しかけてはみても、Iさんは目を見開いたまま全く反応を示しませんでした。
私はゆっくりとIさんのベッドに向かい、Iさんに表情が良く見えるような位置で声をかけました。
しょうらく:「Iさん、初めまして。認定調査員のしょうらくと申します。よろしくお願いいたします」
そういって、何気にIさんへと顔を近づけると
驚いたことにIさんは、ゆっくりではありましたが
私の方へ視線を向け始めました。
「え?!。お…お父さん?」 半信半疑のMさん。
しょうらく:「お時間は取らせませんので、どうぞご協力お願いしますね」
そういって、今度はIさんに手を差し出すと
確かにIさんは、私に手をゆっくりと伸ばし始め
私がIさんの手のひらを握ると、Iさんは…
しっかりと私の手を握り返してくださったのです。
「こ…こんなことって…お父さん!お父さん!」
喜びの余り、感極まって涙を流しながら
Mさんは、私そっちのけでIさんの顔を撫でていました。
しばらく時間が過ぎ、傍らで呆気に取られている私に気づいたMさんは、涙を拭きながら「ごめんなさい…でも、お父さんが視線や顔を向けたり、手を握り返したことなんて、今まで一度もなかったんです。だから私、嬉しくて…」と。
しょうらく:「いえ、いいんですよ。ただ、認定調査の際は、普段の状況と違う状況ですので、こういったことが起こり得るものなんです。でも、これが『良いきっかけ』になってくれるといいですね」
Mさん:「はい!私もそう信じています。母にも今日のこと、話します!ありがとうございます!」
この後、早速調査に入り、拘縮の状況や視力・聴力など、ご本人で確認できることを調査し、Mさんのお話などを伺いました。
調査が終わり、再びナースステーションに立ち寄り、現病歴や介助の様子などを看護師さんから伺った際、病室で在った出来事について話すと、看護師さんはこう仰いました。
看護師 :「娘さん。奥さんもですけど、毎日毎日病室に来られて、Iさんに本当に一所懸命お話したり、手や足などを擦ったりなさって『ちょっとでもお父さんが元気になってくれるなら』って、消灯時間ギリギリまでお父さんのことをなさっておられるんですよ。
今日のことは、もしかしたら娘さんや奥さんの『想い』に、Iさんが必死に応えようとなさった『奇跡』なのかもしれませんね…」
病院を後にした車中で、あらためて「人間にとって一番大切なもの」を感じた気がして、喜びを噛み締めた出来事でした。
まとめ
今回の「心に残る介護エピソード」は、ここまで。
今後も筆者の体験談を交えた「心に残る介護エピソード」をお伝えしていきますので、次回もどうぞご覧くださいね。
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