心に残る介護エピソード
川の流れのように
現役介護福祉士であり、主任ケアマネでもある筆者が
過去25年間で携わった介護、福祉、マネジメントなどの中から
特に「心に残るエピソード」を体験談としてお伝えする内容です。
今回は、平成25年の夏。
筆者がケアマネジャー兼生活相談員として介護支援活動を行っていた
介護老人福祉施設のデイサービスでの出来事です。
午前中の仕事を終えた昼休み。
食事を摂って、午後の仕事に戻ろうとした筆者が目にした光景からお話は始まります。
この記事をご覧になり「人生とは何か?」、「夫婦とは何か?」、「優しさとは何なのか?」などを感じ取ってもらえると嬉しいです。
それではお伝えしていきますね。
第1章:デイサービスに響く歌声「えっ?あの人が!?」
平成25年の夏の日の午後。
食事休憩を終え、事務所へと戻ろうとする私の耳に、何とも美しい声が聴こえてきたのです。
ふと目線を向けると、デイサービスでのレクリエーションで
一人の女性のお年寄りがマイクを手に一所懸命歌っておられる姿が。
「誰だろう?」
そう思い、歌っている人をよく見てみると「万寿代さん!?」
思わず私は声をあげそうになり、慌てて口を手で覆いました。
万寿代さん(小山万寿代さん:仮名)は、先週から利用を週2回に増やし、ご主人の圭市さん(小山圭市さん:仮名)と一緒にデイサービスへお越しになっていました。
脳梗塞を以前に数回発症したことがあり、両膝関節が悪い上に、加齢に伴って足腰が弱ってきているため、これまでに何度も自宅で転倒して骨折し、入退院を繰り返していました。
退院後の療養生活の影響などもあって、歩行もままならず車椅子での生活を余儀なくされているのですが、ご主人や家族の温かい励ましやリハビリなどにより、介助歩行は何とかできるまでに回復され、万寿代さん自身もそのことに喜びを感じていたのです。
ただ、どうしても転倒への不安が先に立ってしまい、そのことがすべてにおいて消極的・内向的になることを懸念し「少しでも気分転換になれば」と、ご主人や息子さんがデイサービスのことを万寿代さんに話したところ、初めは「こんな身体で人様の前に行くなんて…」と頑なに拒んでおられましたが「泣いて生きるも人生ですが、笑って生きるもまた人生ですよ」との担当ケアマネジャーの言葉により、利用を始められた経緯がある方なのです。
利用時の様子に到っては物静かで、ご主人以外の方々とはあまりお話もされず、ただ会話を聞いているだけのことが多かった万寿代さんが、マイクを握ってカラオケを歌っている姿なんて初めて見た…
そのことに大変失礼ながら私は驚いてしまったのです。
「でも、どうして万寿代さんが歌を?」
気になった私は、事務所へは戻らずにそのままデイルームへと向かいました。
第2章:万寿代さんの生き様を投影させる歌声に号泣…
万寿代さんや利用の方々に気づかれないようにデイルームを訪れ
デイスタッフの加納さんに話を訊くと、加納さんはこう話してくれました。
加 納:「万寿代さんに何とか心晴れやかに過ごしていただこうと、レクでカラオケをすることにして、恥ずかしがる万寿代さんに『ぜひとも万寿代さんの歌いたい歌をお願いします。万寿代さんのこれまでの歩みや苦しみや喜びなんかを、私たちはもっと知りたいのです』って、私が無理をお頼みしたんです。そしたら『これしか歌えないんだけど…』と仰って」
万寿代さんが歌っておられたのは
美空ひばりさんの「川の流れのように」でした。
少し恥ずかしそうに、絹糸のように繊細でありながらもどこか強さを感じさせる歌声が、楽曲の歌詞やメロディーラインと相まって、まさに万寿代さんがこれまで歩んで来られた苦難の道のりをそのまま表現なさっておられるようであったため、歌い終わられる前に私は涙が溢れて堪え切れなくなってしまいその場で号泣・・・(ToT)
デイスタッフや他のご利用者の皆さんの拍手の中
歌い終わられた万寿代さんに、私は声をおかけしました。
しょうらく:「万寿代さん、素晴らしいです。私…ごめんなさいね。感動しちゃって…」
涙交じりで鼻をすすりながらも、必死に笑顔で対応しようとする私に
万寿代さんはこう話し始めました。
万寿代さん:「あぁしょうらくさん、聴いていらっしゃったんですか?まぁなんとお恥ずかしい…感動だなんて…お聞き苦しかったでしょうね。この歌は、私と主人の歩いてきた人生そのもののような気がして、何回か歌ったことがあったんですけど、感情が入り過ぎて歌えなくてねぇ…でも、皆さんの応援もあって何とか歌えました。ありがとうございます」
一緒にご利用なさっておられるご主人の圭市さんも、涙ぐみながらこう仰いました。
圭市さん:「家内の歌を聴くなんて何年ぶりだろうか。いい歌だった。私まで涙が出たよ」
苦楽あれど、互いに支え合い労り合いながら
多くの人々の温かい見守りを受け、歩んできた人生…
万寿代さんがこの歌を大切にしておられることが分かったと同時に、これまで垣間見ることができなかった一面をみることができたことに感謝し、私は心から拍手を贈りました。
人と人との心をつなぐ「音楽」の素晴らしさを改めて感じ
デイスタッフの心遣いや小山さんご夫妻を見守る方々の温かい笑顔に癒された出来事でした。
エピローグ
デイサービスが終わり、送迎車に乗り込む際に
私はあらためて万寿代さんに御礼を伝えました。
しょうらく:「本日は本当にありがとうございました。万寿代さんと圭市さんのこれからの暮らしの一コマであっても、私たちはしっかりと支えてまいりますので、今後ともよろしくお願いします」
圭市さん :「しょうらくさん、加納さん。今日は素晴らしい想い出になりました。ありがとう」
万寿代さん:「ありがとうございました。今度来る時までにちゃんと歌えるように練習しておきます」
そういって微笑まれた御二人の姿が、私の記憶の中に色褪せることなく残っています。
まとめ
今回の「心に残るエピソード」は、ここまで。
今後も筆者の体験談を交えた「心に残る介護エピソード」をお伝えしていきますので、次回もどうぞご覧くださいね。
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