子どもの成長で大切なことは「知識」ではなく「知恵」を得ること

子育てちゃんねる

今回の子育てちゃんねるからはお送りするのは

子どもの成長で大切なことは「知識」ではなく「知恵」を得ること

自分の未来へ向けて頑張っているお子さんの姿を見守るお母さんとお父さん。

私にもその経験はありますから、その心中は落ち着かないものがありますよね…

「何かをしてあげたい」とは思っていても「見守ることしかできない」というもどかしさもあるのではないでしょうか?

その想いが溢れるから心中が落ち着かなくて苦しくなるんだと私は考えます。

とかくこの世において何かを得るためには道具が必要。

目指すものが高い位置にあればあるほどたくさんの道具が必要になる。

その道具の1つとしてお金があるんですが、現世をみると「お金だけで事を済ませてしまう」ということがあまりに多過ぎやしませんか

ある意味「歪んだ社会構造」がその要因ではありますが、「目指すもののためにはどれだけたくさんの道具を使ってでも成し遂げたい」という思いの先には、どの親御さんにも心の奥には「将来の経済的安定」が見え隠れしているように私は感じます。

  • それ以外に何があるんだ!
  • 私たちはこのことで苦労したんだから、この子にも分からせておかないと!」
  • お金があれば何でもできるじゃない。選択肢も増えるし一番大事なことだわ」

時に感情をむき出しにして、エキセントリックに仰る人もいて、誰もが信じて疑わない「将来の経済的安定のために今、頑張っておかないといけない」というフレーズ。

果たして本当にそうなのでしょうか?


私の考えでは「本当に何でもできるようになるために必要なものは健康だけ

アントニオ猪木さんがよく仰る「元気があれば何でもできる」「本当のこと」です。

そして、この元気の中には「身体」のみならず「心の元気」も含まれています。

心と身体が元気であって初めて健康なのであり、健康であれば勉強や仕事、趣味などでの社会交流もできますし、皆さんが仰る「お金を稼ぐ」こともできるので、将来の経済的安定へとつながっていくのではないでしょうか。

そんなことをいうと「そんなことは当たり前。人よりもいい大学に入って、いい会社に就職することが大事」という声が聞かれ、「そのために今、一所懸命勉強しておかないと後で必ず苦労する」という考え方につながるのでしょう。

その「当たり前」というものが一番難しいんです。

ここで皆さんに訊きたいことが2つあります。

  1. 子どもたちは一所懸命「何を」勉強するのでしょうか?
  2. それを怠ると、本当に「必ず苦労する」のでしょうか?

皆さんにおいて「子どもたちが一所懸命勉強するもの」と考えられるのは、これらではないですか?

  • 学校での勉強
  • 塾や家庭教師を招いての勉強
  • 講習や模擬試験への参加
  • 家での自主学習

これらを頑張ることが子どもたちにとって「将来の経済的安定」をもたらすと考えているとすれば、それは違います。

どうしてか?

これらのことからは、人として必要なものは何も教わらないからです。

学校での勉強は、文部科学省「学習指導要領」に起因しているもので「知識として教えておくべきことを教師が伝える」ものです。

塾や家庭教師を招いての勉強、講習は「目指す高校や大学に受かるためのテクニックを教える」ものであり、模擬試験は「自分の実力がどの程度なのかを可視化する」もの。

知識テクニック実力の可視化いう「道具」を兼ね備えるために「一所懸命勉強する」ということになりますよね。

しかしながら、どれだけ知識を積み重ねたとしても、あらゆる道具を揃えたとしても、お子さんがこれまでに体験し経験としてきた【人として何を学んできたかの量が決定的に少ないと、そんなものは何の意味も持ちません。​

この【人として何を学んできたか】の部分を言葉に表すと【知恵】ということになります。

自分以外の人がどんな人で、どんなことが好きで嫌いで、何を考え、どう行動するのか。

それらを学ぶことの方が先であり、何よりも大切なのではないですか?

このことは決して「他人の顔色を見ながらものを言い、行動する」ことではありません

様々な人との関わりやふれあいの中で「自分はどう思うのか」「自分はどうしたいのか」を考え、それを言動に移すことが大切だということなんです。

自分と考え方が全く同じ人なんていませんし、全く違う人もいないと私は考えます。

ゴール地点が同じならば、そこまで行き着く方法が違うだけです。

その方法の善し悪しについては「大人が判断するのではなくて、子ども自身が判断すること」

そのために「知識よりも知恵」が大事になって来るんです。

大人であっても「自ら気づくこと」がなければ正そうとはしませんよね。


そして、勉強を怠ると将来必ず苦労するにおいても同じことが言えます。

もちろん最低限度の知識は必要なのかもしれませんが、知識を得たとして、それを活用するためには「知恵」が必要になります。

お父さんやお母さん、おじいちゃんやおばあちゃん、保育所(保育園)・幼稚園・小学校などのお友だちや先生といった人たちとの関わりの中で、子どもの成長過程で最も身近に得られること「知恵」からの方が圧倒的に多いです。その方が子どもの成長の理に適っています。

どうしてか?

身近な人たちとの関わりの中で

学校や教科書では決して教えてくれないことを、人として学ぶからです。

知識を得ることは「頭の中に暗記し続けることの繰り返し」だと私は考えます。

知恵を得ることは「頭の中にある知識を言動にするための反復」だと私は考えます。

得るための方法は、どちらも同じ「見る・聴く・知る」であっても、人として生きるためには何を真っ先に得た方がいいのかは明白なのではないでしょうか?

ですから「何かをしてあげたい」と思うのならば、いつか大人として成長し、離れていくことになる子どもたちへ「社会の厳しさ」はもちろんですし、お金の大切さや経済的安定を教えることも大切ではあるけれども、それよりも

  • 人への思いやり
  • 命の尊さ
  • ありのままのあなたが何よりも1番だ

ということの方に重きを置いて

「頑張ってもいいけど、心と身体に無理はしないでね」

といったことを言動にして伝えることの方が何より一番大切だと私は考えます。

子どもたちが人として成長していくために大切なことは「知識をたくさん積み重ねて、人を蹴落として勝つこと」ではなく「多くの人との関わりから知恵を得て、これまでの自分に克つこと」でなければなりません。

そのことを押さえておいて、今未来へ向けて進んでいる子どもたちへ心からのエールを贈ってあげてください。

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