【大瀧詠一】独自の音楽を貫いた永遠のナイアガラ~【メンタルエイド】It’s a SHOWTIME!<5>

未来が変わる思考術

「未来が変わる思考術」chよりお伝えする「メンタルエイド」。


様々なジャンルの楽曲や笑いのエンターテインメントなどをご紹介しながら新型コロナウイルス感染拡大のみならず、現世において様々な事共において抱えこんでしまっている悩みや不安に押し潰されそうなあなたの心と向き合い、癒し、笑顔に変えていくといった「メンタルケア特化型」企画です。

今回お送りするのは「It’s a SHOWTIME!」

楽曲紹介ではなく、様々なジャンルの(楽器)演奏やダンスなどにおいて素晴らしいパフォーマンスを繰り広げておられる方々などに焦点を当て、その人となりと実際のパフォーマンスや作品をご視聴いただきながら、あなたの心を癒していただく内容になっています。

今回は「独自の音楽を貫いた永遠のナイアガラ」として

大瀧詠一さんをご紹介します。

彼のプロフィール概要を見ながら人となりに迫っていきます。

大瀧 詠一大滝 詠一(おおたき えいいち、本名:大瀧 榮一、1948年7月24日- 2013年12月30日)は日本のミュージシャン。シンガーソングライター、作曲家、アレンジャー、音楽プロデューサー、レコードレーベルのオーナー、ラジオDJ、レコーディングエンジニア、マスタリングエンジニア、著述家など、多くの顔を持つ。

引用元-Wikipedia

プレーヤーとしては「大滝詠一」。

音楽プロデューサーなどでは「大瀧詠一」といったように「肩書によって名前を変えている」ようです。

ファンの方であればご存知のように、作曲家としてやアレンジャーの部分においては「多幸福」「多羅尾伴内」「笛吹銅次」などといった、本人のイメージから離れた全く違った名前でのクレジットになっているものもあり、つかみどころのない印象があります。

そんな彼のルーツに迫っていきましょう。

小学5年の夏、親戚の家で聴いたコニー・フランシスの「カラーに口紅」(Lipstick On Your Collar) に衝撃を受けて以降、アメリカンポップスに傾倒。中学入学後ラジオクラブに入りラジオを自作。米軍極東放送 (FEN) やニッポン放送の番組を聴くようになる。

間もなくレコード収集を始め、エルヴィス・プレスリーやビーチ・ボーイズなどの音楽を分析的に聴くようになり、独自の研究を深める。

そのため、1962年夏から1966年までにチャートインした曲はすべて覚えているというほど精通している。洋楽面のみならず小林旭や三橋美智也なども好んで聴いていたが、特にクレージー・キャッツの植木等が歌う「スーダラ節」には非常に影響を受けたとされる。

引用元-Wikipedia

彼の初期の音楽は「趣味音楽」と称されるように、独特の節回しやメロディーラインが多く、ある意味「コア」な音楽として好き嫌いが分かれるところです。

1970年に「はっぴいえんど」でデビュー。翌年からソロ活動を開始。

バンド活動をしながら、ソロとしてはCMソング制作と若手歌手のプロデュースを開始。

1974年9月にはプライベートレーベル「ナイアガラ」を設立。

引用元-Wikipedia

小室哲哉さんよりもはるか前からプロデュース活動をしていたんですね。

「ナイアガラ」の由来については本人の苗字「大滝」→「大きな滝」ということで「ナイアガラ」にしたという話もあるようですが、これといった決まりはなく「別にビクトリアでも華厳でも良かった」と彼は話していたそうです。

1975年にはラジオDJ番組「ゴーゴーナイアガラ」が放送開始するなど精力的に活動をするが、契約していたレコード会社の事業縮小の憂き目に遭い、契約を破棄される。

1976年にレコード会社を移籍し、3枚のアルバムを手掛けるが、趣味性の強すぎる楽曲が災いし、以降作品の完成度とはうらはらに売り上げが低迷。2年後に契約期間を残したまま契約解消されてしまい、期限までは活動が出来ない状況に。

引用元-Wikipedia

いろんな紆余曲折があったんですね…

続きが気になります。一緒に見ていきましょう。

1979年からは音楽プロデューサーとして手腕を発揮。その影響もあって1980年にCBSソニーに移籍することになる。

翌1981年に発表されたアルバム「A LONG VACATION」で日本レコード大賞・ベストアルバム賞を受賞。

引用元-Wikipedia

これまでに発表されたアルバムのイメージとは異なり、洗練されたメロディーラインが心地よく耳に響く楽曲が多く収められています。

発表から40年が経ちますが、決して色褪せることはなく、令和の時代においても私たちの心を癒す作品になっています。

以降のアルバム制作については1985年に発表された「EACH TIME」がありますが、その後は目立ったものはありません。

シングルにおいては、1997年にドラマ主題歌として発表された「幸せな結末」がミリオンセラーを達成。自身最大のヒット作品となった。

2003年にシングル「恋するふたり」をリリース。竹内まりやさんとのデュエット曲「恋のひとこと」が最後の作品となった。

2013年12月30日夕方、自宅で家族と一緒に夕食後のデザートを食べている最中に倒れ、救急搬送。同日19時、解離性動脈瘤で逝去。享年65。

引用元-Wikipedia

私が彼の音楽を初めて聴いたのは、従兄の影響が強かったです。

当時はレンタルレコード店の黎明期でもあって、従兄に連れられて行ったお店にはたくさんのLPレコードが並んでいて、音楽が大好きだった私はそれを観ているだけでもワクワクしたものです。

そんな中、従兄が手に取ったLPレコードが「A LONG VACATION」だったんです。

そこから彼の音楽にハマり、お小遣いをもらったらすぐにレンタルレコード店に行き、彼のLPを探してはレンタルし、家でずっと聴いていた記憶があります。

今回の「IT‘s a SHOWTIME!」は、大瀧詠一さんの遺した「趣味音楽」と「皆さんがよくご存じの作品」、そして「私がお勧めする1曲」を厳選してお聴きいただきます。

「趣味音楽」からは「楽しい夜更かし」

「皆さんがご存知の作品」からは「君は天然色」「恋するカレン」

そして私がお勧めする1曲は「ペパーミント・ブルー」

特に「君は天然色」は、テレビCMなどで耳馴染みのある方が多く、今年7月9日公開予定の「劇場編集版 かくしごと-ひめごとはなんですか-」のエンディングテーマに決定しました。

今回の「It’s a SHOWTIME!」は、大瀧詠一さんの多彩な才能あふれる作品の数々をお聴きいただきながら、あなたの心を癒していただきたいと考えます。

「It’s a SHOWTIME!」では、今後も楽器演奏やダンスなどにおいて素晴らしいパフォーマンスを繰り広げる方々などをご紹介していきますので、どうぞお楽しみに!

それでは、また!

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