確かな答えも、保証された未来もない。
それでも前に進まなければならない瞬間が、人生にはあります。
――あなたは今、
「本当に辿り着けるか分からない光」を、
それでも信じて進んでいますか?
―心に効く、音楽の処方箋―
【メンタルエイド】BRAND-NEW MUSIC DAYS
今回は、BLUE ENCOUNTの楽曲「幻日」を考察します。
BLUE ENCOUNTの楽曲「幻日」は、
2026年のボートレース養成所CMソングとして起用され、
注目を集めている一曲です。
掻き鳴らされるギターと、胸を叩くようなドラム。
そこに重なるのは、
“勝負に勝つこと”と同時に、
自分自身に克とうとする意志をぶつけるようなボーカル。
この楽曲は、単なる応援歌やトレンドソングではなく、
不確かな未来に向かって、
それでも進もうとする人間の心そのものを描いた歌だと感じます。
この記事では、楽曲が現代を生きる私たちに何を語りかけているのか、
その歌詞とタイトルに込められた意味を、
【メンタルエイド】の視点から紐解いていきます。
この曲を初めて聴いたとき、
脳裏に浮かんだのは――
夕陽に向かって叫ぶ一人の人の姿でした。
暮れゆく夕陽と共に、色を変えていく波。
やがては漆黒の闇へと向かい、先が見えず、
波の音だけが世界を包みこもうとする中、
それでも、その人は叫ぶように前を見据えている――
音の質感は荒々しいのに、
どこかあたたかく、包み込むようでもある。
あなたも、
「もう無理かもしれない」と思いながら、
それでも前を向こうとした瞬間を、思い出しませんか?
「幻日」が描いているのは、
光がはっきりと見えなくても、
それでも前へ進もうとする人の物語です。
日々は、声を上げても誰にも届かない“声なき海”のように
静かに、しかし確実に流れていく。
もがけばもがくほど波は荒れ、
心は疲弊し、永い闇に飲み込まれそうになる。
それでも
「今、見つめているその先こそが暁なのだ」と、
確かな口調で私たちの心に想いを届けます。
「夢」は、まだ形を持たない【みらい】。
甘い理想としての夢ではなく、
不確かな未来そのもの。
その確約のない未来に、
なぜ人は胸を高鳴らせてしまうのか――
この曲は、その問いを真正面から投げかけています。
人知れず抱えてきた傷。
隠しきれずに流した涙。
それらは決して無意味ではなく、
やがて輝(ひか)り始めるもの。
完成された眩しさではなく、
傷を抱えたまま、それでも光を帯びていく途中の状態。
その微かな輝きが、いつか花を咲かせていくのです。
誰かに聞かせるための声ではなく、
自分自身に向けて放たれる、内なる決意を
意志(こえ)として伝えよう――
その意志が伝わったとき、
夜はようやく明け、太陽は満ちていく。
そして、この曲に込められた想いを包み込むように、
奇跡へ挑む人へ向けて
「謳う」という言葉が選ばれていることや、
未来の朝に分かち合う感情が
喜びではなく「歓び」と書かれていることが、とても印象的です。
そこには、抑えきれない感情が溢れ出し、
一人ではなく誰かと共有される希望が描かれています。
この歌が伝えているのは、確定した成功ではなく、
まだ幻のように揺らぐ光を、
それでも信じて進むという“過程”そのものなのかもしれません。
「幻日」は、
夢の途中にいるすべての人へ向けて、
静かに、しかし力強く寄り添う歌なのです。
幻日(げんじつ)とは、
雲を形成する氷の粒の中で太陽の光が屈折し、
本来の太陽の左右に、もう一つの光が現れる自然現象です。
「幻の太陽」とも呼ばれ、
確かに目には映るのに、
そこに触れることはできません。
この現象は、「幻日」という楽曲のテーマを
そのまま可視化したもののように感じられます。
歌詞考察で見てきたように、
この歌に登場する言葉はすべて、
完成形ではなく、“途中にあるもの”でした。
それらはどれも、すでに“存在している”のに、
まだ現実として掴めないもの。
そう思うと、幻日もまた同じなのかもしれません。
空を見上げれば確かにそこにあるけれど、
「それが本当の太陽か」と問われれば、誰も確証は持てない――
この楽曲は、
その曖昧さを否定しないのです。
むしろ、
「幻のように見える今こそが、
やがて現実へと繋がる入口なのだ」と、
静かに肯定しています。
人は、
完全に保証された未来に心を動かされるのではなく、
「もしかしたら」という不確かさにこそ、胸を高鳴らせてしまう。
だからこそ、
確約のない夢(みらい)に惹かれ、
枯れそうな望みを抱えながらも、
奇跡を信じて挑んでいくのです。
「幻日」は、
“今は幻かもしれない光”を、
見ないふりをせず、
信じて進むという選択を描いた歌。
それは、
まだ触れられない希望を抱えながら生きる、
私たち自身の姿と、重なって見えてくるのではないでしょうか。
この曲が効いてくるのは、
たとえば、こんな状態のときです。
「幻日」は、
それらを“弱さ”として切り捨てません。
確約のない未来=夢(みらい)に
高鳴りを感じてしまう心も、
枯れそうな望みを抱えながら進もうとする姿も、
すべて人間らしいものだと、肯定します。
またこの歌は、
意志(こえ)を放つことの大切さを教えてくれます。
それは、人生を変えるような大きな決断や、
誇らしく宣言するようなものではなく、
「もう少しだけ進んでみよう」
――そんな小さな「自分との約束」でもいいと。
その意志(こえ)を自分自身が聞いたとき、
夜は少しずつ明け始め、
輝(ひかり)は満ちてゆく――
この楽曲がもたらす心の変化は、
一瞬で世界が変わるような高揚ではなく、
「グラデーションしながら進んでいい」という温もりです。
「幻日」は、
今はまだ掴めない希望を見上げながら、
それでも歩みを止めていないあなたへ向けた歌。
無理に前を向けない夜にこそ、
この曲は、静かに心に効いてきます。
今回は、BLUE ENCOUNTの楽曲「幻日」を考察しました。
BLUE ENCOUNT「幻日」は、
不確かな未来を前に立ちすくむ私たちに、
それでも信じていい光があると教えてくれる歌です。
今、あなたが見上げている光は、
まだ掴めないかもしれない。
それは幻日のように、
本物かどうかも分からない、
不確かな太陽かもしれません。
今はまだ、夢や幻の輝(ひかり)であっても、
その光はやがて“本当の太陽”になる――
もし夜が長く感じるときは、
どうかこの曲を、あなたの処方箋に。
――幻の太陽を信じて進むということは、
もうすでに、あなたが前へ進んでいるという証なのです。
BRAND-NEW MUSIC DAYSでは
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ぜひそちらもご覧ください。
あなたの”心のリアル”に寄り添う一曲が、きっと見つかるはずです。
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