――限られた時間の中で、あなたは誰と「幸せ」を重ねたいですか?
大切な人と過ごす時間は、永遠ではありません。
いつか離れる日が来るかもしれない。
いつか、思い出すことさえできなくなるかもしれない。
それでも、一緒に生きた時間は消えてしまうのでしょうか。
Vaundyの「しわあわせ」は、
限りある命と、その中で育まれる愛を見つめながら、
「幸せとは何か」を問いかける楽曲です。
―心に効く、音楽の処方箋―
【メンタルエイド】BRAND-NEW MUSIC DAYS
今回は、Vaundyの楽曲「しわあわせ」を考察します。
日本の男性シンガーソングライター・Vaundyの「しわあわせ」は、
2021年4月に配信リリースされた楽曲。
2026年10月公開の映画
『ママがもうこの世界にいなくても 私の命の日記』
の主題歌に起用され、再び注目を集めています。
同作は、24歳で他界した遠藤和(のどか)さんが、
亡くなる10日前まで綴り続けた手記をもとにした物語です。
自らの命をつなぐ治療を断ってでも、子どもに会いたいと願う。
限られた時間の中で家族を愛し、
「今」を懸命に生き抜いた実話が描かれます。
そんな作品に寄り添う楽曲「しわあわせ」。
世の中の様々な情念を表すかのような壮大なサウンド、
生き急ぐかのような心情を掻き立てるメロディー、
魂がこもった歌声が重なり合い、
聴き手の心の奥深くにその世界観が刺さると、
堪え切れずに涙が溢れ出す――
そんな楽曲です。
この記事では、
「しわあわせ」の歌詞が描く物語を読み解きながら、
タイトルに込められた意味、
そしてこの楽曲が私たちの心に伝えようとするメッセージについて
【メンタルエイド】の視点から迫っていきます。
筆者が初めてこの楽曲に触れたとき、
脳裏に浮かんだイメージが――
華厳の滝でした。
壮大に広がるサウンド。
胸の奥から押し出されるような歌声。
そして、流れ始めたら決して止まらない時間を思わせる旋律。
それらが重なり、
巨大な水流が一気に落下していく光景と重なったのです。
滝を形作るのは、一滴一滴の小さな水。
人の人生も同じなのかもしれません。
今日という一日。
誰かと交わした言葉。
握った手。
笑い合った瞬間。
一つ一つは小さくても、
積み重なれば「人生」という大きな流れになります。
「しわあわせ」は、その流れの中で
大切な人と時間を重ねることの尊さを歌っているように感じます。
あなたには、どんな情景が浮かびますか?
「しわあわせ」が描くのは、二つの「命」が寄り添う物語です。
歌の冒頭で描かれるのは、「僕」と「君」、二つの心臓です。
「僕」は自分の心臓を驚くほど低い価値として表現する一方、
「君」の心臓には美しさを見いだしています。
ここには、
自分自身の価値を低く見積もる「僕」と、
そんな僕にとってかけがえのない「君」という関係が浮かび上がります。
けれど二つの心臓が重なることで、
そこには一人では生まれなかった「価値」が生まれる。
それはお金や数字で測れるものではありません。
二人が出会い、同じ時間を生きたからこそ生まれた価値です。
つまりこの歌が見つめているのは、
「誰かと生きることで、自分の人生にも新しい意味が生まれる」
ということなのではないでしょうか。
物語が進むにつれ、「僕」と「君」は時間の有限性に直面します。
残された時間が少なくなっていくこと
崩れていく時間が増えていくこと――
それでも、こぼれ落ちてしまわないように、
そっと手を合わせ続ける。
変わらない、ちぎれない、と繰り返される言葉には、
そう在り続けたいという強い意思が滲んでいます。
しかしながら、これは
「永遠に一緒にいられる」という保証ではありません。
むしろ、未来がどうなるか分からないからこそ、
「今、ここにある繋がりだけは大切にしたい」
という祈りなのです。
時間そのものを止めることはできなくても、
今この瞬間に手を握ることはできる。
その小さな行為に、二人の愛が凝縮されています。
さらに歌では、「僕」と「君」それぞれの心拍が描かれます。
異なる二つの生命が同じ時間を過ごすことで、
一つの波のようなものが生まれていく。
これは、人と人との関係そのものを表しているように思えます。
一人で生きているときには見えなかった景色も、
誰かと出会うことで見えてくる。
相手の存在によって自分が変わり、
自分の存在によって相手も変わっていく。
重なり合う響きも、流れていく響きも、
いつか思い出せなくなってしまうかもしれない――
そんな儚さを抱えながらも、
二人はその一瞬一瞬を「しわ」として刻み続けます。
そして最後、溢れ出す願いを込めて、
相手が見ているであろう方向へと歩き出す。
やるせない夢から覚めたとき、
また手のひらを重ね合わせる――
そんな情景で歌は静かに幕を閉じます。
ここで、歌詞とは少し視点を変えて、
楽曲タイトルそのものを考えてみましょう。
「しわあわせ」は、一般的な言葉ではありません。
しかし、その響きからは、
私たちがよく知る二つの言葉が浮かびます。
「幸せ」と「仕合わせ」です。
「幸せ」は、一般的には「幸福」や「満ち足りた状態」を意味します。
一方、「仕合わせ」には「巡り合わせ」というニュアンスがあります。
つまり「幸せ」は、自分の心の中だけで完結するものではなく、
誰かとの出会いや繋がり、さまざまな出来事との
「仕合わせ」によって生まれるものとも考えられるのです。
手と手を合わせる。
そこには、安心や感謝、祈りのような感情が生まれます。
さらに、人は長い人生を生きるほど、
手や顔に「しわ」を刻んでいく。
その「しわ」は、単なる老いの象徴ではありません。
笑った日。
泣いた日。
誰かを愛した日。
傷つき、それでも立ち上がった日。
そうした一日一日を生きてきた、
人生そのものの証とも言えるでしょう。
そして、この「しわ」という言葉から、
筆者には子どもの頃の記憶が一つ蘇ってきました。
まだ幼かった頃、何気なくテレビを観ていると、
筆者より少し年下のように思える女の子が、手と手を合わせながら、
「お手てのしわとしわを合わせて、しあ~わせ。な~む~」
と話すCMが流れていたのです。
筆者は、その言葉を聞いて、
「なるほど~。しあわせって、そういうことなんだぁ」
と、子ども心に妙に納得したことを覚えています。
そして、その後は母親の前で
何度も手を合わせて、同じことをやって見せていた。
今思えば、とても単純なことです。
でも、幼い自分にとっては、
「しわ」と「しあわせ」が一つにつながった瞬間だったのでしょう。
あの頃は、それをただの楽しい言葉遊びとして受け取っていました。
けれど今、Vaundyの「しわあわせ」を聴いてみると、
あの頃とは違う意味が見えてきます。
人は生きていく中で、たくさんの人と出会います。
嬉しいこともあれば、悲しいこともある。
誰かに支えられることもあれば、自分が誰かを支えることもある。
そうして時間を重ねるほど、人生には「しわ」が増えていく。
だから「しわ」は、老いによって失われるものではなく、
誰かと生きてきた時間が刻み込まれた証なのではないでしょうか。
そして「仕合わせ」という言葉にある
「めぐり合わせ」を重ねれば、さらに深い意味が見えてきます。
人は、一人だけで人生を完成させるのではありません。
誰かと出会い、誰かと別れ、
誰かに支えられ、誰かを支えながら、自分だけの人生を形作っていく。
その一つ一つの「仕合わせ」が、
やがて自分の人生に刻まれていくのです。
だから「しわあわせ」とは、
人生に刻まれた一つ一つのしわを、誰かと重ね合わせること。
だと筆者は感じます。
それは、ただ「幸せになろう」と願うことではありません。
今、自分の隣にいる人。
これまで出会ってきた人。
そして、これから出会う人。
その人たちとの「仕合わせ」を大切にしながら、
一日一日を重ねていく。
その積み重ねこそが、
やがて振り返ったときに「幸せ」と呼べる人生になる。
幼い頃に母親の前で何度も手を合わせていた筆者が、
大人になった今、「しわあわせ」という歌を聴いて思うのです。
あのとき「しあわせって、そういうことなんだ」と思った感覚は、
案外間違っていなかったのかもしれない。
「しわあわせ」という一見不思議な言葉には、
そんな人生と愛への優しい肯定が込められているのではないでしょうか。
「しわあわせ」は、こんな心の痛みに寄り添ってくれる楽曲です。
この楽曲は、完璧な形の愛や絆ではなく、
不釣り合いで、儚くて、
それでも重ね合わせようとする手の温もりを肯定してくれます。
未来を変えることはできない。
いつか離れる日が来るかもしれない。
だからこそ、今日、手を握る。
今日、言葉を交わす。
今日、「ありがとう」を伝える。
「しわあわせ」は、
そんな「今を大切に生きる力」を与えてくれる楽曲なのです。
そして、もう一つ。
この曲を考察していて感じるのは、
楽曲そのものもまた、一つの「命」なのではないかということです。
楽曲が生まれる。
それは、
一つの命がこの世に生まれることと、どこか似ています。
リリースされた瞬間が終着点なのではなく、
そこから誰かに聴かれ、誰かの記憶に残り、
誰かの人生と重なりながら、その楽曲自身の時間が始まっていく。
2021年に生まれた「しわあわせ」が、
2026年に新たな映画と出会い、
再び多くの人の心に届こうとしている。
それもまた、
この楽曲が生きている証なのかもしれません。
だからこそ筆者は、
音楽をこよなく愛し、
考察という形で楽曲を育んでいきたいと思っています。
楽曲には、流行という一時的な時間だけではなく、
その先にも続いていく命がある。
単に「今、話題になっている曲」を追いかけるのではなく、
一度この世に生まれた楽曲が、
少しでも長く誰かの心で生き続けられるように、
その意味を見つけ、言葉にし、次の誰かへ手渡していきたい――
それもまた、
音楽を愛する者にできる
「育む」という行為なのだと感じています。
今回は、Vaundyの楽曲「しわあわせ」を考察しました。
Vaundyの「しわあわせ」は、
幸せを「楽しいこと」だけとして描いた歌ではありません。
限られた時間。
避けられない別れ。
忘れてしまうかもしれない記憶。
それらすべてを抱えながら、
それでも誰かと手を取り合って生きていく。
その時間こそが、人生の価値になる。
そんなメッセージが、
この楽曲には込められているのではないでしょうか。
「しわ」は、人生の傷跡ではありません。
誰かを愛し、誰かと生きてきた証です。
大切な誰かと過ごす時間が有限だと知っているからこそ、
今この瞬間に手を合わせる。
その一つひとつの皴が、
あなただけの「しわあわせ」になっていく。
もし今、大切な人との時間の儚さに
胸が締めつけられているなら、
どうかこの曲をあなたの心の処方箋に。
「しわあわせ」は、
人生に刻まれた時間を愛し、今を生きるための一曲。
あなたの心に残る「しわ」が、
これからも優しい幸せへとつながっていきますように。
BRAND-NEW MUSIC DAYSでは
他にも様々なアーティストの楽曲を考察しています。
ぜひそちらもご覧ください。
あなたの“心のリアル”に寄り添う一曲が、きっと見つかるはずです。
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