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介護のプロである前に~現世における介護現場の実情~

【実録】介護の本質
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今回は「介護のプロである前に」というお話です。

世の中には様々な職業がありますが、経験や勤続年数の如何を問わず、仕事をしている人は「その仕事のプロ」として見做されてしまいますよね。

それは介護においても同様。無資格であっても「介護に携わる仕事をしている」のであれば「介護のプロ」と見做されてしまいます。

「介護福祉士」などの資格を持っているのであればなおのことですが、「介護のプロである前に一人の人間だ」ということを忘れてはいけませんし、世間一般の人々においても同じ認識でいなければならないと私は考えます。

しかしながら、施設介護においてはどうもそういった認識が薄く「お客様なんだから、言われた通りにしろ」といった考え方で蔓延しているのが実情ではないでしょうか。

そんな中、先日私の元に1件の相談が。

Mさん(仮名)と仰る方からのものでした。

施設で介護職員をしています。
認知症の方の対応について悩んでいます。

という文章から始まるものであり、内容を読んでいくとこのように書かれていました。


認知症高齢者の女性を入浴のため脱衣場へお連れした際、1人の女性介護職員が高齢者に服を脱いでいただこうと声かけをすると、その女性は「何で服を脱がないといけないのか?」と。

丁寧に説明をするが受け入れてもらえず、しばらく時間を置いて再度声かけ。すると今度は逆上して暴れ出してしまい、挙句の果てにはその高齢者の女性は、必死に止めようとした女性職員の左腕を結構な力で引っ掻いたため、職員は左腕に深い傷を負い、流れ出るほどの出血も。

彼女の声に振り向き、状態を見た直後、Mさんは咄嗟に「何してるんですか!この子、ケガしてるじゃないですか!」と言って、その高齢者に注意しましたが、結果として「火に油を注ぐ」ことになってしまい…

その場をなんとか収め、一先ずケガの処置をしてもらうために、彼女を医務室へ。院長診察後、7針縫合となり、消毒後保護ガーゼと包帯にて処置終了となったようで、戻って来た彼女は何とも痛々しい姿…。

介護主任に報告し、施設の生活相談員の男性に話をすると、彼から返ってきた第一声は

「君らの声掛けや介助の仕方に問題があるからそうなってしまったんだろう?」

その後さらに

「それに高齢者に対して大声で注意するとは何事!高齢者は敬わないといけないのは社会の常識。認知症があるとはいえ、どんな方でもここではお客様なんだから、黙って言うことを聞いていればいい。」

と言われ…


高齢者を敬うことは理解しているつもりです。
認知症の方の対応についても根気よく丁寧にしないといけないことも知っています。
でも、だからと言って、ケガを負わされても黙っていることなんてできない…
何ともやりきれない思いでいっぱいです。

といった文章で結ばれていました。

これを読ませていただいた直後、私はある情報サイトの記事を思い出しました。

(リンクを貼り付けておきますので、ぜひ一緒にご覧ください)

利用者のハラスメント対策をマニュアル化 メグラス 介護職への言動を3分類 | articles | 介護のニュースサイトJoint
《 画像提供:メグラス 》愛知県内で介護付き有料老人ホームやグループホームなどを運営するメグラスが、利用者や家族によるハラスメントから介護職員を守る「スタッフプロテクション制度」を新たに導入した。【Joint編集部】

今、介護保険サービスを利用している方々の主流派になりつつあるのは「昭和初期生まれ」の方々であり、その家族(主介護者)の年齢は40代後半~50代であると考えられます。

何が言いたいのか。

「鶴の一声で、どんなわがままも通る世代」がサービス利用者であり

「何かと権利意識が強い世代」が主介護者である  

ということ。

特徴をいうと、このような方々です。

  • 彼らの代名詞が「俺の(私の)言うことが聞けないのか」
  • パワーワードが「お金払ってるんだから、してもらって当たり前」
  • とどめに言い放つのが「あなたたちは、プロだろう?」

まさに「高齢者あるある」であり「主介護者あるある」ではないでしょうか。

(誤解がないように言っておきますが、大多数の良識ある方々はこんなことは仰いませんが、現状においてはこういった方々が増えています)

こういった方々にはっきりとお伝えしたいことが3つ。

分かりやすく書くと、このようになります。

「俺の(私の)言うことが聞けないのか」には

「私たちはセバスチャンや侍従ではない」

「お金を払っているんだから、してもらって当たり前」 には

「お金を払っているのはあなたたちだけではなく、私たちも払っている」

「あなたたちは、プロだろう?」には

「都合の良い時だけプロ呼ばわり。だったら「介護は誰でもできる」と言わないで」

といった感じになり、これらのすべてを網羅する答えが

「(私たちは)介護のプロである前に、1人の人間だ」  

ということになります。

制度変更や時代の変化、高齢化の急激な進行や少子化などもあって人口のバランスも根底から揺らいでいる現状において「権利ばかりを主張する」なんてナンセンスです。

あなたが人間なら私たちだって人間なんだということは、未就学児でも分かっていることではないでしょうか。

事の善悪や励ましや労いの言葉すら分からない人のことを「輩(やから)」というんですが、生活相談員や主流派となっている方々のやっていることは、まさに「輩」。

お金の流れを変えるだけの制度変更ではなくて、もっと根幹にある部分から本当の意味での「改正」をする必要があると考えれば、先程お伝えした記事はその「第1歩」とはなりますが、私からすれば「遅(おっそ)!」です。

とはいえ「人と人とが支え合い、労り合う」という人間社会の本筋に向かっていくのであれば何より嬉しい限りではあります。

「介護のプロである前に、1人の人間である」

このことをしっかりと胸に抱き、蔓延する「輩」を少しでも多く減らしていけるように。

「支え合い、労り合うこと」を仲間や同士で共有しながら進んでいきましょう!

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