――孤独なのではなく、
孤独のような気持ちになっているだけなのかもしれない。
あなたには、誰かと一緒にいるのに
「ひとりぼっち」だと感じたことがありますか?
あいみょんの「さながらロンリー」は、
そんな“孤独のような気持ち”を描きながら、
最後にはもう一度、自分と誰かとのつながりを信じてみたくなる
――そんな楽曲なのではないでしょうか。
―心に効く、音楽の処方箋―
【メンタルエイド】BRAND-NEW MUSIC DAYS
今回は、あいみょんの楽曲「さながらロンリー」を考察します。
日本の女性シンガーソングライター
あいみょんの楽曲「さながらロンリー」は、
2026年10月スタートのテレビ朝日系ドラマ「もうパパ!」の主題歌。
動画配信者である父親と、その娘を中心に、
家族系動画配信者のリアルな姿を描く本作は、
SNS社会における「見せる自分」と「本当の自分」の違いを浮かび上がらせます。
軽快で明るさのあるサウンドなのに、
その奥にはどこかひんやりとした寂しさが感じられる。
そんな不思議な魅力を持った楽曲です。
この記事では、楽曲に込められた想いやタイトルの意味などから、
楽曲が今を生きる私たちに何を伝えようとしているのか。
そのメッセージを【メンタルエイド】の視点で読み解きます。
筆者が初めて楽曲に触れたとき、
脳裏に浮かんだ情景は――
朝露でした。
夜の間にひっそりと生まれた水滴が、
朝の光を受けてきらめく。
美しいけれど、
その一粒には、
誰にも見えない夜の時間がある。
「明るいのに、少し切ない」
「前を向いているのに、どこか寂しい」
「笑っているのに、泣きたい気持ちも残っている」
「さながらロンリー」にも、
そんな“明るさの中に潜む孤独”を感じたのです。
あなたには、どんな情景が浮かびますか?
現時点では歌詞全文が公表されていないため、
ここでは歌詞の内容を断定することはできません。
ただ、初回放送で楽曲の一部を聴いたとき、
何度も耳に残ったのが「One more time」というフレーズでした。
正確な歌詞や前後の文脈を確認できていないため、
現段階で歌詞として引用することは控えます。
それでも、その言葉から私の中に浮かんだのが、
「もう一度、本当の私に戻りたい」
という思いでした。
動画の中で求められる自分。
家族から期待される自分。
周囲から「こういう人」と思われている自分。
それらを大切にしながら生きているうちに、
いつしか「本当の自分」が見えなくなってしまう。
だからこそ、もう一度。
誰かに見せるためではなく、
自分自身のために、自分を取り戻したい。
そんな願いが、
この楽曲の奥にあるのではないかと感じています。
ただし、それは単純に
「自分らしく生きよう」という話ではないのかもしれません。
むしろ重要なのは、
「自分は、本当にひとりなのだろうか?」
という問いなのではないでしょうか。
ここで注目したいのが、楽曲タイトルです。
「ロンリー」と聞けば、
誰もが「孤独」「寂しさ」を思い浮かべるでしょう。
けれど、その前にあるのは、
「さながら」という言葉。
「さながら」には、
「まるで~のように」「あたかも~のように」という意味があります。
つまり、
「さながらロンリー」=まるで孤独のように感じる。
そう読むことができるのです。
これは、とても意味深い言葉ではないでしょうか。
ドラマの世界を重ねてみると、
いくつもの「ロンリー」が見えてきます。
娘が動画配信から卒業したいことで、
父親が感じる孤独。
これまでのイメージを大切にするあまり、
本当の自分を表現できない娘の心の孤独。
そして、動画の世界から離れたあと、
「本当の自分を受け入れてもらえるのか」
という不安から生まれる孤独。
確かに、どれも「孤独」と呼べるものです。
でも、本当にそうでしょうか?
父親にとって、娘が動画をやめたとしても、娘は娘です。
動画の中の姿ではなく、かけがえのない家族として愛している。
娘にとっても、カメラの前の自分ではなく、
本当の自分を大切にしてくれる人がいる。
そして視聴者も、
動画を通して見ていた家族の姿を、
自分たちの日常に重ねているのかもしれない。
動画が終わったとしても、それぞれの暮らしは続いていく。
そう考えると、彼らが抱えている孤独は、
「孤独そのもの」ではなく、
「孤独のように感じている心」なのではないでしょうか。
だからこそ、「ロンリー」ではなく、
「さながらロンリー」。
この一語に、
この楽曲の大きなメッセージが隠されているように感じます。
音楽を「処方箋」と捉えるなら、
「さながらロンリー」が効くのは、次のような心ではないでしょうか。
期待に応えるうちに、「NO」と言えなくなってしまった人です。
軽やかなメロディは、肩にこもった力をふっと抜いてくれます。
「本当の私」を探していいのだと、背中を押してくれるはずです。
投稿の数だけ、「理想の私」が積み上がっていきます。
この曲は、その落差を責めません。
そこにある小さな孤独に、そっと「わかるよ」と寄り添ってくれます。
ドラマが描くのは、
「優しさを履き違えて子どもをコントロールする」親子の関係です。
愛されているからこそ、断りづらい。
そんな「優しさの重さ」に悩む人にも、この曲は届くと思います。
聴き始めは、
朝露のようにひんやりとしています。
けれど聴き終える頃には、その冷たさが
「ここから始められる」という澄んだ感覚に変わっていく。
聴いたあとの心は、
少しだけ呼吸がしやすくなっているはずです。
今回は、あいみょんの楽曲「さながらロンリー」を考察しました。
あいみょんの「さながらロンリー」。
そのタイトルからは、
最初、孤独や寂しさを連想するかもしれません。
けれど、この歌が描いているのは、
ただの「ひとりぼっち」ではありません。
誰かに愛されたい。
誰かを大切にしたい。
期待にも応えたい。
そう願って生きているうちに、
自分自身の気持ちを置き去りにしてしまった人。
そんな人が、
「私は、私の人生を生きていい」
と気づいていくための歌。
それが「さながらロンリー」なのではないでしょうか。
人とつながることは、大切です。
誰かを愛することも、愛されることも、大切です。
でも、そのために自分を失ってしまってはいけない。
たとえ一度、
誰かの期待から離れることになったとしても。
たとえ少しだけひとりになることになったとしても。
その時間の先で、
本当の自分と、もう一度出会えるのなら。
それは決して「孤独」ではないのかもしれません。
朝露が、朝の光を受けて消えていくように。
昨日までの「演じていた私」も、そっと手放していい。
そして今日、
新しい「私」として歩き出せばいい。
もし今あなたが、
「自分が何をしたいのか分からない」
「誰かの期待に応えることに疲れた」
「本当の自分を見失っている気がする」
そんな気持ちを抱えているのなら――
どうか「さながらロンリー」を、
あなたの心のそばに置いてみてください。
孤独は、
あなたがひとりだという証ではありません。
それは時に、
もう一度、自分自身とつながり直すためのサインなのかもしれない。
――そう気づかせてくれるでしょう。
さて、BRAND-NEW MUSIC DAYSでは
他にも様々なアーティストの楽曲を考察しています。
ぜひそちらもご覧ください。
あなたの“心のリアル”に寄り添う一曲が、きっと見つかるはずです。
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